カケルセカイ お正月の話 ―緑豆のお菓子―

昨年の暮れの話です。


この日は、寒波がきていてとても寒く、明日は大雪になるかもなぁという冷たい日でした。

夕方、道も雪で白くなり始めたころに、一通のメールをもらいました。

「ナオさんにお正月のプレゼントを準備しました。明日会えませんか?」

日本語教室で一緒に勉強したことのある、ベトナムからの技能実習生のミンさんでした。

前の週の日本語教室で、「お正月のお休みはあるの?」ときいたら、「毎日、仕事」と教えてくれたミンさんでした。そうか、今日も仕事があるのか。明日は大晦日なので、私は家でゆっくりと過ごす日。何時でもいいですよ、と伝えると

「では、夕方6時にいつもの教室で待ちます」

とメール。そうか、大晦日も普通にお仕事か。工場でのお仕事を休まずしてくれて、私たちの生活は支えられているんだなぁと感じながら、「OK」と返信。


次の日は、予報の通り雪で、朝からとても寒いし、道路は凍っていました。

技能実習生の皆さんの交通手段は、歩くか、自転車です。彼らのアパートから教室までは少しあるので、当然自転車で来るかな。雪の坂道を自転車で来てもらうのは危ないかもしれない……

夕方、年の瀬のラジオ番組をききながら、外の様子をうかがうと、どんどん真っ白になってくる。この様子で車を出すのは私も怖いな…と思って、仕事の終わるころの時間に迷いながらミンさんにメールしてみました。たぶんこの雪では来れないだろう…

「ミンさん、ちょっと雪がよく降っていて心配しています。また明日にしましょうか?」

するとミンさんは

「もう待っています」

は…はやい……!恐れ入りました!という気持ちで真っ白な道路を恐る恐る運転して教室へ向かう。本当にこの雪の中自転車で走ったのか……!


急いで教室に向かうと、ミンさんと同僚のホンさんが待っていました。

「こんにちは!」いつも通りのやさしい笑顔でミンさん。

「すごい雪ですね!自転車、大丈夫でした??」ときくと

「大丈夫。大丈夫。近くだから。」と。なんとタフな人たちなのだ……。

「ナオさんに、プレゼントです」

そういって、大きな赤い紙袋に入ったプレゼントを手渡してくれました。

なんのプレゼントだろうと思ってあけてみると、

「お正月だから。プレゼントです。」

そしてにっこり。寒いのにこんな紙袋を濡れないように抱えてきてくれたのかと思うとうれしくてたまりませんでした。聞くところによると、今まで日本語教室で出会った人には全員にプレゼントを用意したのだという。そして、お正月が来るまでにみんなに渡したくて、毎日仕事が終わると連絡をとって、どの先生にも会いに行っているのだという。


彼らの気持ちがうれしかったのには、もうひとつの理由があります。

ベトナムの人たちにとって、一年の中で大切なお正月のお祝いは、「テト」という旧暦のお正月で、今年は2月の中旬。1月のお正月は、日本の行事なので、彼らにとっては特別な日ではありません。彼らは、私たちにとってのお正月はお祝い事だということを知っていて、私たちのお祝いの日に合わせて、贈り物をするために準備をしてくれました。たとえ大雪でも、お祝いの日に贈り物をしようという心遣いに、私は胸を打たれたのでした。


「●●先生と、△△先生の連絡先がわからないので、渡せていないです」

と、残念そうに言うので、「渡しておいてあげましょうか?」ときくと、「本当ですか!」と喜んでくれた。

しかし…今日は持ってきていないのだという。するとホンさんが

「時間はありますか、ナオさん」と、きく。

「わたし、今、自転車でもどって、プレゼントをとってきます」

え!危ないよ!!車で行きますよ!!また今度でもいいですよ!!

しかし私が引き留める前に、「大丈夫!待ってて!」と飛び出して行ってしまった。


しばらくして、体中を真っ白にしたホンさんが、紙袋を2つ抱えて戻ってきた。

ものすごく息を切らしていて、ハァハァとまるで言葉を発せない様子。

「ありがとう…!!私が必ずお届するよ…!!」ともう私は感極まって、ホンさんと思わず握手。

雪の降る中、2人はまたいつもの笑顔で「よいお年を」と言いながら自転車で走って行きました。

二人の後ろ姿を見送りながら、ギューッと胸が熱くなったのでした。


緑豆のお菓子は、パキっとした赤いパッケージにうぐいす色のお菓子のプリントされた華やかな箱に入っていました。お正月に間に合わせるために、ベトナム食材のオンラインショップでたくさんのお菓子を取り寄せて。一人ひとりに、わざわざきれいな和紙調の紙袋を用意して、それに入れて。交わした言葉こそ、冗談の多いいつもの彼らの様子だったのだけれど、私は「ありがとう」の気持ちでいっぱいになりました。心からの「ありがとう」が溢れて、言葉にし尽くせずじんわりとしみわたるあたたかみ。

「これは、とても甘いので、お茶と一緒に食べてください」

とミンさんが言ったのを思い出しながら、帰宅して早速緑茶をいれ、お菓子を頂く。ホロホロと口の中で溶ける砂糖菓子のようだけれど、しっかりと豆の香りのする、はじめてのお菓子でした。おいしい。

安芸高田市に来て、「多文化共生のまちづくり」を学んでいます。

ミンさんやホンさんから、相手のことを想うこと、そして想っているよと伝える方法を教えてもらったように思います。「多文化共生」は、どんな背景を持つ人でも互いに尊敬され、一緒にまちづくりに参画できること。

文化や習慣の違う日本の人たちのお正月を想って、贈り物を用意する。そしていつもありがとうという。私は、これまで日本で一緒に過ごしている文化や宗教や習慣の違う人たちに、その人たちにとっての大切な時間、大切な行事を想って関わろうとしたことがあったかな、と振り返りました。たぶん、ないなぁ。そして、よく知らないなぁ…。

わたしは、たくさん頂いた緑豆のお菓子を、「ありがとう」を伝えたい人におすそわけすることにしています。緑豆のお菓子は、ありがとうの味。ミンさんとホンさんの心遣いを、出会う人たちにおすそわけしています。

× kodomo project

「× kodomo (カケルコドモ)プロジェクト」は、 ”つくる場から食べる場へと橋を架ける”、 ”次世代へ橋を架ける”という 2つの”架ける”にスポットを当て、情報発信していきます。 安芸高田市の子供たちをモデルに据え、地元で採れた農産物を食べる姿をドキュメントします。

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